二〇〇九年九月の民主党政権発足から約三年、先日とうとう衆議院解散が行なわれました。
恥ずかしながら筆者は政治に関する知識が乏しく、この事件について公に発言出来る程度の自負も勇気も御座いません。ただ、いち国民として、この美しい日本をいつまでも誇りに思って生きていきたい。その為に世の中の出来事へ耳を傾け、目を瞠り、他者と語らって理解し、日本の為になる選択をしていきたい。そう感じるばかりです。
そんな思いの中たまたま選んで読んだのですが、何と申しますか、憂うべき昨今の状況と相俟って中々考えさせられました。
内容はこんな感じ。
中国のある村に住んでいた阿Qという男。彼は箸にも棒にもかからないような半端者で、しかしどれだけ村の者から小馬鹿にされても、終いには肚の内だけで優越に足る理屈を付けて勝ち誇るような男でした。ある日彼は趙家の仕事場で女中に手を出す大失敗をやらかして、村に居られなくなりました。それから暫くして戻ってきた阿Qは小金持ちになっていましたが、泥棒で得た不正の金、結局事が露呈して元の木阿弥。そんななか国内で革命が起こります。阿Qは革命の何たるかも弁えず、ただ村の者に対する意趣返しとばかりに騒ぎ立てますが、遂には革命党の趙家略奪への加担という無実の罪で捕縛、弁明も辞世の唄の一つも無く銃殺刑に処されました。
小説として普通に読むには、半端者の生涯というだけの何とも心に響かない物語です。実際額面通りに受け取れば、何の面白味も無い小説のように筆者は感じました。なのでこれはそうではなく、この頃の時代背景を多少なり理解して読むべき小説のようです。所謂、当時の時事ねたですね。近代文学には割とそうしたものが多くあるように思います。
で、魯迅先生がこの小説を執筆した当時は清から中華民国へ至る辛亥革命の頃。日本留学中に大学で見た日露戦争における中国人スパイ処刑の記録に、それを遠巻きに見物する同胞の姿があり、医学の道から一転、文筆を通じてこうした啓発的な風刺小説を執筆するに至ったようです。
そうした背景を基にして読みますと、当時の彼の国の民衆の姿が見えてきます。そして恐らくは政治に対する関心の希薄さ。革命についてもまた、まるで民衆への恩恵など見られないかのような不毛さなど。政府や体制に対する批判的な作品はよく見ますが、民衆に向けたものというのは少し珍しい気がしました。筆者が物知らずなだけかも知れませんが……。
構成は割と親切設計? 全九章から成り、それぞれに章題が付いていてどんな内容なのか分かる構成です。全体的に短めですが、章毎はもっと短いので少しずつ読んでも良いし、振り返る際も章題で何となく思い出せます。ただ当時の歴史や文化を知らないと、多少読むのに苦労します。筆者には少々キツかったです。なので解らないものは解らないまま読みましたが、それでも概要は何とか把握出来ます。読んでいる最中、少し眠くなりますが……。
文章は割合淡々としています。とはいえこれは訳者さんに依るのかも。内容的には割と劇的な展開が繰り返されているような気もするんですが、阿Qがアノ通りなキャラクタのせいか今一上滑り気味な感じ。
内容は取り敢えず置いておいて、筆者が個人的に一番面白く感じたのは『第一章 序』だったりします。伝記として書き始める作者のつぶやきのような内容なのですが、さてこの伝記の名前を何としようかとか、そういえば阿Qの本当の名前は何だろうとか、実に根本的な部分の考察を滔々と語っていて、結局それが何かもうどうしようも無いからこうした、みたく落ち着いて滑稽な面白味を感じました。
といった感じでいつも通りの感想は終わるわけですが、冒頭に申しました通り本書で筆者が一番感じた事は、昨今の日本の政治に対する関心についてでした。
思えば筆者も民主党への政権交代頃までは政治に対し全く無関心な人間でしたが、それから暫くしてネットニュースなどを見るにつけ、どうもおかしい、どうも違うという心が湧いてきていました。政府は日本の為に仕事をしている、そういう性善説的な物の見方がまず筆者の内にあり、だから政権交代をしたところで方針はブレたりしない、巷でもこれで日本が良くなるだろうというムードが少なからず有って、きっとそうなんだろうと筆者も思っていました。
何がどうして、という具体例は申せません。というかこれまでの三年間に積り積った結果なので一概に申し述べられるところではない、というのが本心です。ただ、おかしい。思っていたのとまるで違う。そうしてここ一年程は、色々な政治ニュースに目を通して今の日本の状況を把握しようと試みてきました。
結論は、筆者は日本を好いていながら、あまりに日本の動向に対し無関心過ぎた、という反省でした。そうして筆者は、阿Qの事を全く嘲る事の出来ない、むしろ下手をすれば同類であったかも知れないと思い知らされました。普段の趣味的な読書で得られる感想とは違って実に思いもよらない衝撃で、新鮮な気付きでした。
本小説は、その物語性としてはさして面白味のあるものではありません。実に「半端者の生涯」の一言に尽きる伝記風小説でしょう。ただその裏で魯迅先生の訴えるところは、過去の中国の民衆の憂うべき状況であり、それはまた時代を経て昨今の日本にも、恐らくは日本に限らずどの国にも当て嵌る事なのだと感じます。未読の方は是非読んで戴きたいな、と思います。
そんな感じで。