坑夫/夏目漱石 著

 暫くは夏目漱石先生のターン。青空文庫は携帯で読み易いので、通勤電車の時間に読んだり読んだり読んだり。

 こってりした風景描写の作品。と思いきや、風景描写が心理描写と綯い交ぜになって、全体で人間の心の淵を見せ付ける、ような作品。
 な……何を言ってるのかわからねーと思うが、筆者も何を言ってるのか解らないのぜ。
 ただ、風景描写の続くのが苦にならない方には、是非読んでみて頂きたい、と推します。風景描写の点においては、描写の肝というものを考え直させられた作品でした。また全体として、やはり先生は鬼才だと思わせられる作品でした。

 物語だけを聞くと、若干「え、それだけ?」な感じがします。身分ある家柄の坊っちゃん(小説「坊っちゃん」の主人公に非ず)が女性関係の縺れで世を果無んで放浪し、ぽん引きに騙されて坑夫になろうとする、というお話。
 なろうとする、という所がポイントでしょうか。小説「坊っちゃん」といい、何と申しましょうか、先生の作品は物語だけで語ってしまうといけませんね。ですので物語はまあ、そんな感じでした。

 全体としましては、何でしょう。「人間」と申しましょうか。筆者にはそれ以上に巧く表現出来ません。
 と申しましても、勿論こればかりが人間ではないと思うのですけれど。ただ筆者の読了感としましては「人間」だな、という感じでした。
 な……何を言っているのか(略
 これに近しい感想を得たのは、小林多喜二先生の「蟹工船」を読了した時かなと思います。ただそちらは加えて所謂プロレタリアを強く感じましたが、この「坑夫」という作品は、純粋に「人間」を感じるものでした。主題と申しますと若干語弊がありそうですが、それが一貫している感じです。

 死生観についても少しばかり描写があるのですが、そちらも唸らされました。成程なあ、何て。
 ただ、今こうして紹介を書いていて、この死生観は「考えさせられる」死生観なのかな、などとも感じます。善し悪しがあるわけでは御座いませんが、先生晩年の頃の作品と比べてみると、これは思考実験的なんだろうと感じるのです。
 若干横道に逸れますが、後期三部作の端々に見られるような死生観は、もう目を通しただけで胸のぽっかり空くような印象でした。「思い出す事など」は未読ですが、そこに至るまでの経験は余程のものだったのだろうなぁ……何て。

 いやはや、読んで良かった作品でした。また一段と小説の面白さにのめり込んでいく……。

 そんな感じで。